投稿日:2011年5月22日
いのち短し 恋せよ乙女
大正初期に作られた吉井勇作詞『ゴンドラの唄』の最初のフレーズ。
この唄はその後こう続きます。
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
「いのち短し」とは寿命が短いのではなく、若くて奇麗な少女時代はあっという間に過ぎますよ、という意味ですね。
黒沢明監督の映画『生きる』で、志村喬演じる主人公が雪の降る夜、公園のブランコに揺られながらこの唄を口ずさむシーンが思い浮かびます。
先週、20歳代で乳がん手術を受けた二人の“乙女”が僕の外来を受診されました。
Iさん(33歳)
5年前、28歳で乳がんを発症しました。もともとおとなしい彼女。診断された当時は輪をかけて無口となり、一時は自分の殻に閉じこもってしまいました。乳房切除術を余儀なくされたため、その後乳房再建術まで行いました。彼女にとっては思い切った決断だったと思います。その後福岡の形成外科医・矢永先生に乳頭乳輪再建までお願いし、均整がとれた形のよい乳房ができあがりました。彼女の口から感想が聞かれることはありませんが、きっと満足していると思っています。
今回は術後5年目の定期検査での来院でした。幸い異常は認められず、本人以上に僕もホッとしました。
説明も終わり、少し前に小耳に挟んだ結婚予定について尋ねてみました。
「結婚の話はどうなってるの?」
「はい、9月頃に‥」
相変わらずか細い声でしたが、予定を告げる彼女の顔から暗い面影は消えていて、恋する乙女のはにかんだ笑顔がそこにはありました。
Kさん(30歳)
同じく5年前、彼女は25歳での発症です。術前化学療法により腫瘍径が縮小できたため、乳房温存療法を行いました。一昨年8月、発症前からつき合っていた彼氏とめでたく結婚しました。その後夫の転勤で佐世保に引っ越しましたが、当院への通院は続けていました。Kさんは昨年12月にホノルルマラソンにチャレンジするなど、すごく快活な女性です。受け答えもすごくハキハキとしています。
今回の術後定期検査では胸部X線を撮影予定でしたが、キャンセルとなりました。聞けば妊娠5週とのこと。妊娠を希望されたため昨年3月に予定より早くホルモン療法を中止していて、それから1年ちょっとでの妊娠です。若いってホント素晴らしい。乳がんを患っても、抗がん剤治療をしても、こうして新しい生命を宿すことができるんです。彼女の生命力を持ってすれば、きっと丈夫な子どもが産まれるでしょう。
35歳より若い年齢で発症する“若年性乳がん”は増えていて、彼女達のように20歳代で発症する女性も珍しくありません。肉体的ダメージもさることながら、うら若き乙女達が受ける精神的ダメージは想像を絶するものがあるはずです。
しかし、必ずしも恋や妊娠・出産を諦める必要はないのです。
治療や検査を続けながらも、普通の女性と同じように幸せを追い求めて欲しい。
彼女達をみて、あらためてそう思いました。
いのち短し 恋せよ乙女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを
いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを
(作詞:吉井勇 作曲:中山晋平)
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